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中野簡易裁判所 昭和38年(ハ)98号 判決 1964年3月26日

原告 川口浩

右法定代理人親権者母 川口明子

右訴訟代理人弁護士 青柳健三

被告 高野寿美子

被告 高野弘一

右両名訴訟代理人弁護士 柴義和

主文

原告に対し、被告寿美子は別紙目録記載の建物を収去し、被告弘一は同建物から退去し、いずれも同目録記載の土地を明け渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立≪省略≫

第二、請求の原因

1  原告は別紙目録記載の宅地一一一坪四合を所有しているが、昭和二三年一一月一五日被告寿美子に対し右宅地の一部である同目録記載の土地二五坪(以下本件土地という)を普通建物所有の目的で地代坪当り一ヶ月金三円の約束で賃貸し同被告は同月一六日地上の同目録記載の建物(以下本件建物という)ただし当時は平家建を買い受け所有した。なお地代は昭和三〇年一一月より坪当り一ヶ月金十円に改訂された。

2  被告弘一は被告寿美子の長男であつて現実に本件建物に居住しているが、被告等は相謀つて原告に無断で昭和三七年一〇月六日本件建物の二階増築工事に着手し、同年一一月右工事を完成したが、被告等の右増築およびこれに関連する行為は次に説明するように賃貸借関係における信義則に違反する暴挙である。すなわち(1)原告方一家は昭和二二年母明子(当時三五才)、兄忠雄(同一〇才)、姉三千子(同七才)、原告(同四才)の四人が山梨県の疎開先から現住地の母方祖母大泉竹代(同六四才)方に転入同居したが、父は昭和二〇年戦死して男手がなく生活困窮のため、祖母は本件建物の北側に通路六尺を隔てて所有していた木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二四坪(以下北側別棟という)を数室に区切つて貸室とし、その賃料を一家の主な生計費に充てる外、祖母も母も日夜賃仕事をして糊口を凌ぎ、原告等幼児三人を育ててきた。そして昭和二四年には親戚から借金して北側別棟に総二階を増築し、全部貸室としたが、祖母や母は多年の無理がたたつて賃仕事の収入も殆んどなくなり、本件土地の一ヶ月金二百五十円の地代収入も固定資産税および都市計画税一ヶ月当り金百四十円を差し引けば剰すところ僅かに百十円であつて、結局北側別棟からの賃料収入のみが原告一家の唯一の収入源となるにいたつたもので被告等はその事情を知悉していた。しかるに昭和三七年九月一〇日頃被告等の増築企図が伝わつてきたので、原告は増築の結果北側別棟が日陰となり薄暗くなつて賃料収入が低下するようなことになつては生活上の一大脅威であるので、同月二四日内容証明郵便で被告寿美子に対し住宅改造計画をする場合には予め原告に相談すべきこと、地代を同年分より値上したいことを申し入れ、右郵便はその頃同被告に到達した。すると被告弘一は同月三〇日原告の祖母および母を招き、地代坪当り一ヶ月金四十円への値上の話を切り出し、翌一〇月七日あらためて地代値上の相談をするからと申し入れておきながら、その前日六日突然大工、鳶職等大勢の職人を使つて総二階を御神楽に建前を済ませてしまつた。(2)そこで原告側は驚いて被告弘一に交渉しようとしたが、同被告は工事中姿を隠して会うことができず、また工事中止を大工等に申し入れ、荻窪消防署、都庁建築局指導部にも訴え出て、一〇月九日、一一日の二回都庁係官に現場に出張して貰つたが、同被告の雲隠れのため何んの甲斐もなかつた。また原告は同月一五日付内容証明郵便で被告寿美子に対し相談のため来宅を求めたが、同被告は義兄の病気入院を理由に猶予を乞う返書を寄こしたのみで応ぜず、結局被告等は強引に二階増築工事を完成させてしまつた。(3)被告等は工事に関連して、水洗便所を作るために掘つた穴の良質の土を他にトラツクで搬び去り、瓦、塵芥等を原告側の低地に投棄して原告の祖母等にその取片付の苦労をかけ、また本件土地の境界の生垣を取り捨てたりした。(4)被告等の増築の結果、北側別棟は一体に眺望を遮られて薄暗くなり、また陽当りの悪い室もできて空室が続出し、賃料収入は半減するにいたつた。(5)被告等は増築後前言をひるがえし、地代値上を拒否し、今日まで従前の額で押し通してきた。(6)本件建物は昭和一一年の建築にかかり既に朽廃に近い状態にあるので、これを新築同様改造することは賃貸借の存続期間、建物耐用年数、契約の更新、賃借人の買取請求等につき賃貸人にとつて重大な利害関係を生ずる。従つて原告は前記のように事前の協議を求めたにもかかわらず、被告等は全くこれを無視した。(7)原告一家は現在兄忠雄が八幡製鉄所に勤め、外は未成年の原告や女達の無力な者ばかりであるに引きかえ、被告弘一は強引で信用しがたい性格である上法律の専門知識にたけているので、今後益々原告一家をあなどり横暴の挙に出るおそれがあり、老先短い祖母や母は将来を痛心している有様で、被告等の無断増築を機に賃貸借における信頼関係は全く破壊されるにいたつたのである。

3  そこで原告は本訴状をもつて被告寿美子に対し賃貸借契約解除の意思表示をし、右訴状は昭和三八年四月三日同被告に到達したので、本件賃貸借契約は同日限り解除されたが、被告等は共同して本件土地を占有し、その明渡をしない。よつて原告は所有権にもとずき被告寿美子に対しては本件建物を収去し、被告弘一に対しては本件建物から退去し、いずれも本件土地を明け渡すべきことを訴求する。

第三、被告等の答弁および抗弁

1  請求原因事実中、被告寿美子が昭和二三年一一月一五日本件土地を賃借し、本件建物を所有していること、現在地代坪当り一ヶ月金十円であること、被告等が本件建物の二階を無断増築したこと、以上の点は認めるが、その余は争う。

2  借地法第二条によれば、普通建物の所有を目的とする借地権の存続期間は三〇年であつて、右期間内は建物増改築禁止の特約がない限り借地人の増改築は自由であり、仮りに禁止の特約が存していても、賃貸人の利害に特に悪影響を及ぼさない限り賃貸人は増改築について同意を拒みえないものと解すべきである。本件の場合も同様であるが被告等は一応原告の了解を得るため、昭和三七年九月頃原告の母または祖母に面会し金五万円の承諾料の提供を申し入れたが、承諾が得られなかつたので、同年一〇月頃二階増築に着工し、同年一二月に完成した。

第四、証拠≪省略≫

理由

請求原因事実中、被告寿美子が昭和二三年一一月一五日本件土地を原告から賃借し、本件建物を所有していること、現在地代坪当り一ヶ月金十円であること、被告等が本件建物の二階を無断増築したこと、以上の点は当事者間に争いがなく、原告が本件土地を含む別紙目録記載の宅地一一一坪四合の所有権者であることについては、被告等において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

そこで原告主張の被告等の無断増築等に伴う信義則違反の有無程度につき考察すると、≪証拠省略≫を綜合すれば、原告方一家は昭和二二年母明子(当時三五才)、兄忠雄(同一〇才)、姉三千子(同七才)、原告(同四才)の四人が山梨県の疎開先から現住地の母方祖母大泉竹代(同四才)方に転入同居したが、父は昭和二〇年戦死して働き手がなかつたため原告の祖母や母は戦後の生活に苦労し、昭和二三年には本件建物(当時訴外明子所有名義)を被告寿美子に売却して権利金なしで本件土地を賃貸し、昭和二六年頃北側別棟(当時平家建)をアパートに改造し、昭和三四年これに二階を増築し、その貸室賃料を家計費の主たる収入源とし、内職収入等で補つて原告等子女を養育してきたところ、昭和三七年九月頃被告等の増築企図を耳にしたので、原告名義の同月二四日付文書で被告寿美子に対し建物の改造等の計画については予め原告側に相談されたい等の旨を申し入れたこと。被告等は母子であつて、右申入当時本件建物には被告弘一夫婦等が居住し、被告寿美子は目黒区内に別居していたものであるが、被告弘一は同月三〇日原告の祖母と母を自宅に寄び寄せて、地代坪当り一ヶ月金四十円への値上の話や女中部屋建増の希望等を切り出し、翌一〇月七日あらためて地代値上の話合をするからと申し入れておきながら、その前日六日原告側に何等前触れもなく大工等をして総二階建作りに建前を済ませ、翌七日同被告を訪問した原告の祖母等をして唖然とさせたこと。そこで原告側では同被告に交渉しようとしたが、同被告が逃げ隠れして会うことができず、消防署や都庁に訴えたが埓が明かず、また同月一五日付郵便で被告寿美子に対し無断着工を詰問し至急来訪を求めたが、同被告も理由を構えて応ぜず、結局その後右増築工事は完成するにいたつたこと。その結果、本件建物と巾一間の私道を隔てて北側別棟は日当りが悪くなつたので、貸室の賃料を減額するの余儀なきにいたり、また入居率も低下し、一ヶ月約金三万円の賃料収入は約金二万円に減じ、原告一家の生計に重大な損失を与えるにいたつたこと。原告側では右増築工事中道路に捨てられた屑物の後片付を余儀なくさせられたり、垣根を壊されたりなどの迷惑をこうむつたこと。被告寿美子は被告弘一が地代坪当り一ヶ月金四十円への値上を持ち出したことをひるがえし、従前の額で地代を支払つてきたこと。原告一家では原告の兄忠雄が八幡製鉄所に勤めて普段家におらず、未成年の原告以外は女ばかりの世帯であるので、原告の祖母や母は今後も被告弘一が法律知識を利用し、益々原告一家を困らせることを懸念し被告等に対する信頼の念を全く失つてしまつたこと、以上の事情を肯認するにたり、右認定を左右すべき証拠はない。

右認定のように、被告等が母子であること、原告方に近い本件土地に居住して十数年を経ていることからして、特段の事情のない限り、本件増築は被告両名の合意に出たものであり、かつ被告等は原告一家が男主人なく、従つて北側別棟の賃料が原告一家の主たる収入源であることを知つていたか、または容易に察知しうべき立場にあつたものと推認される。このような立場にある借地人が借地上の建物を増築するについては、一般的に借地人が借地上の建物を自由に増築しうるのとは自から径庭を異にすべきであつて、増築の結果賃貸人側に及ぼすべき影響を顧慮し、最善の措置を構ずることが条理である。本件の場合増築の結果北側別棟の日当りを悪くし、勢い原告一家の生活源に悪影響を及ぼすべきことは見易い道理であるから、被告等としては予め原告側の意向を打診し、増築による利害関係の調整について交渉する等誠意をもつて事に臨むべきであるにかかわらず、抜打ちに増築工事に着手し、完成までの間原告側の交渉を回避したことは、賃借人として甚だ不信義の態度であると云わなければならない。しかも原告一家は右増築工事中垣根を損壊されるなど種々迷惑をこうむり、期待していた地代値上についても被告等に前言をひるがえされたばかりでなく、証人雲嶋の供述によれば、被告等一家の者は原告方地所の木を切つたり、地所内に物を投げ込んだり、従来原告一家に迷惑をかけ諍いをしてきたことを窺知することができるので、(右認定に反する証拠はない)女世帯に近い原告一家は本件増築工事の強引なやり方および賃料減収の打撃を契機として将来益々被告等(具体的な形では被告弘一)が原告一家をあなどり強引な態度に出ることに不安を抱き、賃貸借関係における信頼感を喪失するにいたつたことを首肯するにがたくない。

そうとすれば、原告が本訴状をもつて信義則違反を理由に被告寿美子に対し賃貸借契約解除の意思表示をし、右訴状が昭和三八年四月三日同被告に到達したことは、本件記録上明白であるから、本件賃貸借契約は同日限り解除されたものと認むべきところ、被告寿美子は本件建物の所有者、被告弘一は居住者として本件土地を共同して占有していることは弁論の全趣旨上争いがないから、被告寿美子は本件建物を収去し、被告弘一は本件建物から退去し、いずれも本件土地を原告に明け渡すべき義務がある。

よつて原告の請求を正当として認容し、訴訟費用の負担にき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用し、仮執行宣言は不相当と考えるのでその申立を却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田向年雄)

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